「知らないことすら知らない」
「最低のお産でした」と
話す女性がいます
お産のお話をしていると、
時々、
「最低のお産でした」
「最悪のお産でした」
と話される方がおられます。
思い描いていたお産とは、
まったく違った。
怖かった。
痛かった。
自分の希望を
聞いてもらえなかった。
緊急帝王切開になった。
赤ちゃんと
すぐに会えなかった。
いろいろな体験が
あると思います。
そして、
「辛かった」と
感じているその気持ちを
、誰かが否定する必要はありません。
無理に、
「赤ちゃんが元気だったんだから、
いいじゃない」
「終わったことだから忘れましょう」
と考える必要もありません。
あなたにとって
辛かったのであれば、
その気持ちは
大切にしてほしいと思います。
ただ、
そのうえで、
一つだけ考えてみてほしいのです。
「辛かったお産」と
「最低のお産」は同じでしょうか?
お産の中には、
いろいろな出来事があります。
怖かったこと。
痛かったこと。
辛かったこと。
悲しかったこと。
納得できなかったこと。
理不尽に思うこと。
その一方で、
あなたが頑張ったことも
ありませんでしたか?
赤ちゃんが
頑張った時間もありませんでしたか?
パートナーが
そばにいてくれた瞬間。
助産師の言葉に救われた瞬間。
初めて赤ちゃんの声を聞いた瞬間。
初めて赤ちゃんに触れた瞬間。
もしかすると、
辛かった体験があまりにも大きくて、
それ以外のことが
見えなくなっているだけかもしれません。
だから、
「最高のお産だった」
と思い直す必要はありません。
でも、
「私のお産は、すべてが最低だった」
と決めなくても
いいのではないでしょうか。
赤ちゃんも、
同じお産を一緒に歩いていました
そして、
そのお産にはもう一人の
大切な当事者がいます。
赤ちゃんです。
あなたが
陣痛を感じていた時、
赤ちゃんも、
一緒に生まれるための
時間を過ごしていました。
思い描いていた
経過とは違ったとしても、
途中で
医療の力が必要になったとしても、
あなたと赤ちゃんは、
それぞれの場所で
その時間を一緒に歩いてきました。
だから私は、
「最悪のお産だった」
という一つの言葉だけで、
そのすべてを
閉じてしまわなくても
いいと思っています。
「本当に辛かった。
でも、私も赤ちゃんも、
あの時できることをしていた」
そんなふうに
捉え直せる日が来てもいいのです。
お産の意味は、
あとから変わってもいい
お産は、
終わった瞬間に
評価を決めなければならないものではありません。
時間が経ってから、
「あの時、私は怖かったんだ」
「本当は、
もっと説明してほしかったんだ」
「私は本当は、
よく頑張っていたんだ」
と気づくこともあります。
辛かったことを、
無理に美しい思い出に
変える必要はありません。
医療者への
怒りや悲しみがあるなら、
それもなかったことにしなくていい。
必要なら、
専門家と一緒に振り返ることも大切です。
そのうえで、
辛かったことだけではなく、
あなたができたこと。
赤ちゃんが頑張ったこと。
守られたもの。
生まれたもの。
にも、
少しずつ目を向けてみてください。
あなたのお産は、
「最高」か「最低」か、
二つに一つで
決めなくてもいいんです。
いろいろな感情があっていい。
そして、
その意味は、
これから変わっていってもいい。
お産の物語は、
赤ちゃんが生まれた瞬間に終わるのではなく、
その後のあなたと
赤ちゃんの人生の中でも、
少しずつ
紡ぎ直していくことができるのです
お産は痛くて辛いものと思い込んでいる方、気持ちいいお産をしたい方、パートナーとの愛あるお産をしたい方
次回開催:2026/09/20 14:50 (大阪府)
おすすめポイント: お産の知らない世界が広がり、お産がワクワク楽しみになり、それを実現させることができる
URL: https://www.reservestock.jp/page/consecutive_events/6512





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